神をほめたたえる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1ペテロ1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの神また父。こ の方はその大いなるあわれみにより、イエス・キリストの死人の中からの復活を 通してわたしたちを再生し、生ける望みを持たせ。 エペソ1:3 ほむべきかな。わたしたちの主イエス・キリストの神また父。この 方はキリストの中で、天上にある霊のあらゆる祝福をもって、わたしたちを祝福 してくださいました。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ギリシャ語では、祝福されるという言葉は、ほめられる、崇敬愛慕をもって賛美 されるという意味です。ですから、祝福はほめたたえることです。だれかを祝福 することは、彼をほめたたえることです。ですから、神を祝福するとは、彼と、 彼がわたしたちに対して何であられるかのすべてと、彼がわたしたちのために成 してくださったことと、またわたしたちのために成してくださることすべてに関 して、ほめたたえることです。神を祝福するとは、神が何であられるか、神が何 を成してくださったか、また彼が何を成してくださるかについて、甘美な方法で 語ることです。この種の語りかけがほめたたえることです。 多くのクリスチャンは、神をほめたたえることは彼を賛美することであると考え ます。祝福に関するこの理解は、確かに間違ってはいません。あなたが神を賛美 しようとする時はいつでも、彼について何かを語る必要があります。しかしなが ら、わたしたちはどのような方法で神を賛美するのでしょうか? 多くのクリス チャンは、おもに物質的な事柄のために神を賛美します。彼らは次のように言う でしょう、「おお、父なる神はほむべきかな! わたしに良い仕事、大きな家、 すばらしい家族を与えてくださったので、彼を賛美します」。これは、第1章3節 から12節における啓示にはるかに及びません。 ペテロの第一の手紙第1章におけるこれらの十の節は、御父が御子を通し、その霊 によってわたしたちのために何を成してくださったかを告げます。3節から12節 までは、父なる神を祝福しほめたたえる言葉の長い文であって、彼の驚くべき卓 越した救いをわたしたちに明らかにします。それは、わたしたちの霊の再生から 始まり(3節)、わたしたちの魂の救いにおいて完成し(9節)、キリストの苦難と栄 光を通して成就され(11節)、そして聖霊によってわたしたちに適用されます(12 節)。これに基づき、13節は、神のエコノミーにしたがい、三一の神によって働 く完全な救いにあずかっている人たちへの勧めで始まります。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ペテロの第一の手紙(一)」(1986年版) メッセージ10から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。