あなたがたの内にいますキリスト、栄光の望み ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:26 その奥義は、各時代にわたって、また各世代にわたって隠されて きましたが、今や神の聖徒たちに明らかに示されています。(27節)神は彼らに、 異邦人の間にあるこの奥義の栄光の豊富がどんなものであるかを、知らせたいと 願われました。それはあなたがたの内にいますキリストであり、栄光の望みです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 栄光の豊富へのかぎは、キリストご自身です。コロサイ人への手紙第1章27節は、 キリストがただわたしたちの間におられるだけでなく、わたしたちの内におられ ることを示しています。わたしたちにとって、キリストは客観的な方であるだけ でなく、わたしたちに内住しておられる主観的な方です。キリストによって内住 されるとは何という栄光でしょう! キリストにある信徒として、わたしたちは この奥義の栄光の豊富を知っています。この栄光は異邦人の間にある奥義の栄光 であり、この奥義はわたしたちの内にいますキリストです。わたしたちの内側に 住まわれるキリストは、栄光に満ちた、無数の豊富を伴う奥義です。これが、コ ロサイ人への手紙のかぎとなる点です。 27節でパウロは、わたしたちの内にいますキリストは栄光の望みであると言いま す。キリストは今や、栄光に満ちた奥義です。キリストが戻って来て彼の聖徒た ちを栄光化される時(ローマ8:3)、この栄光は極みまで明らかに示されるでしょ う。ですから、それは望み、栄光の望みです。キリストご自身がまた、この栄光 の望みです。 今日わたしたちはキリストの中に、キリストによって、キリストと共に生きるこ とができます。わたしたちは彼を生き、彼を成長させ、彼を生み出すことができ ます。同時に、彼はわたしたちの栄光の望みです。わたしたちに内住するすべて を含むキリストがわたしたちの栄光の望みであるというビジョンを見るなら、わ たしたちの生活は徹底的に変わるでしょう。わたしたちは次のように言うでしょ う、「主よ、今後、わたしはあなた以外の何ものにも注意を払いません。教理、 規定、規則、伝統に注意を払いません。宗教、哲学、この世の初歩的な教えに注 意を払いません。主よ、わたしは神の具体化としての、またわたしの霊の中の命 を与える霊としてのあなたにだけ注意を払います。あなたはわたしの霊の中で真 実で、生きておられ、実際的ですから、わたしはあなたによって、あなたと共に 生きることができます。主よ、わたしの唯一の願いは、あなたをこのように経験 することです」。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第14編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。