千年間の褒賞 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1コリント3:13 それぞれの働きはあらわになります。なぜなら、かの日がそれ を明らかにするからです。すなわち、それは火によって現され、その火自身が、 それぞれの働きがどんなものであるかを証明するのです。(14節)もし、その土台 の上に建てた人の働きが残るなら、彼は褒賞を受けます。(15節)もし、その働き が焼き尽くされるなら、彼は損失を被ります。しかし彼自身は、火をくぐってき たようにではあっても救われます。 啓示録20:6 第一の復活にあずかる者は、幸いであり、聖である。これらの人た ちに対して、第二の死は何の権威もない。彼らは神とキリストの祭司であり、千 年の間、彼と共に支配する。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちがいったん主イエスを信じればもう何の問題もないとわたしたちに告 げる、今日のクリスチャンの間で一般的な砂糖まぶしの教えに、わたしたちは従 うべきではありません。疑いもなく、主の救いは永遠で、完璧で、完全です。い ったん救われたなら、わたしたちは永遠に救われています。永遠の救いについて、 わたしたちには何の問題もありません。それにもかかわらず、神のエコノミーに おいては、彼の永遠で完全な救いの中に一つの挿入があります。この挿入は、忠 信な信者たちに対する褒賞としての来たるべき王国の一千年の期間です。神はそ の知恵において、彼の子供たちにキリストを忠信に享受するよう励ますため、一 つの動機として千年間というこの経綸上の期間を挿入されました。彼は、キリス トにあるわたしたちに対する彼の豊かな備えを、わたしたちに忠信に享受しても らいたいのです。 わたしたちの御父は、ご自身の子供たちが「聞き分けがなく」て、キリストを忠 信に享受しないかもしれないことを知っておられるので、ご自身の全き救いの一 部を一つの動機また一つの褒賞とされたのです。来たるべき時代の千年王国の褒 賞は、今日わたしたちがキリストの享受の中にとどまり続け、この享受の中で振 る舞うようにと、わたしたちを励まし、警告し、思い起こさせる一つの動機とな るはずです。そうでないなら、わたしたちは懲らしめられるでしょう。これは、 わたしたちが滅びることや、わたしたちが失われることを意味するのではありま せん。わたしたちは永遠に救われているのですから、わたしたちは決して滅びま せん。それにもかかわらず、御父の子供たちのある者たちは、来たるべき時代の 間、懲らしめを受ける必要があるでしょう。来たるべき時代に御父の懲らしめを 受ける子供たちは、彼の子供たちでなくなるのではありません。もちろん、彼ら は御父の子供たちであり続けます。しかし、彼らは懲らしめられる必要のある子 供たちでしょう。神がご自身の子供たちを経綸上懲らしめるというこの問題は、 新約の中ではっきりと教えられています。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(三)」(1987年版)メッセ ージ33から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。