権威の言葉 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ7:2 ところが、ある百人隊長に非常に重んじられている一人の奴隷が、病 んで死にそうであった。(3節)百人隊長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長 老たちをイエスのもとに送り、イエスに来ていただき、彼の奴隷を完全にいやし てくださるようにとお願いした。(4節)彼らはイエスの所に来ると、切に願って 言った、「あの方は、あなたにそうしていただく値打ちがあります」。(6節)そ こで、イエスは彼らと共に行かれた。ところが、イエスがその家から遠くない所 まで来られた時、百人隊長は友人たちを送って、イエスに伝えた、「主よ、わざ わざおいでくださいませんように。わたしは、あなたを自分の屋根の下にお迎え するには、ふさわしくありません。(7節)ですから、わたし自身も、あなたの所 に行く資格がないと思ったのです。ただ一言お言を下さい。そうすれば、わたし のしもべはいやされます。(8節)というのは、わたしも権威の下にある者ですが、 わたしの下にも兵卒たちがいるからです。そこで、わたしがこの者に『行け』と 言えば、彼は行き、あの者に『来い』と言えば、彼は来ますし、わたしの奴隷に 『これをせよ』と言えば、彼はそれを行なうのです」。(9節)イエスはこれらの 事を聞くと、彼に驚き、従っている群衆に向いて言われた、「わたしはあなたが たに言う。イスラエルのうちにも、わたしはこれほど大きな信仰を見たことがな い」。(10節)遣わされた人たちが家に戻ると、その奴隷は元気になっていた。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 百人隊長は人・救い主に次のように言っているかのようでした、「主よ、わたし があなたに会うために来るとか、あなたがわたしの家に来られることは、ふさわ しくありません。しかし、わたしは何が権威であるかを知っています。わたしは 他の人たちの権威の下にあります。また他の人たちもわたしの権威の下にありま す。わたしが行なう必要があるのは、兵卒の一人に一言、語ることだけです。そ うすれば、彼はわたしの言う事を行ないます。主よ、わたしは、あなたがこの宇 宙における権威であることを知っています」。 百人隊長はまた、権威という言葉の意義を知っていました。こういうわけで彼は 人・救い主に、「ただ一言お言を下さい。そうすれば、わたしのしもべはいやさ れます」(7節)と言ったのです。彼は権威を知っており、また権威の表現である 言葉を知っていました。実際、その百人隊長の奴隷は、人・救い主の言葉によっ ていやされました。異邦人の百人隊長は、人・救い主の権威を認め、彼の言葉は 一言でいやす権威を持っていることを認識しました。こういうわけで彼は、人・ 救い主を信じただけでなく、彼の言葉をも信じました。彼は主に自ら来てくださ らないように、ただ一言彼の言葉を下さるように求めました。人・救い主はこの 大きな信仰に驚嘆されました。 この事例でもわたしたちは、主の神聖な属性を伴う人性の美徳を見ます。彼の美 徳は、彼が百人隊長の家に行かれるという事実において表現されました。主イエ スは全宇宙の主です。それにもかかわらず、彼はローマの軍隊の一役人に自ら会 いに行こうとされました。人・救い主の人性の美徳の中に、彼の権威の神聖な属 性が表現されました。彼は一言語られました。するとその百人隊長の奴隷はいや されました。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(二)」(1987年版)メッセ ージ15から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。