キリストは、はるかにまさっている ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヘブル3:1 こういうわけで、聖なる兄弟たち、天の召しにあずかっている者た ちよ、わたしたちの告白する使徒また大祭司イエスのことを、よくよく考えなさ い。 12:2 わたしたちの信仰の創始者、また完成者であるイエスを、ひたすら見つめ ていなさい。彼はご自分の前に置かれた喜びのために、恥をもいとわないで十字 架を耐え忍び、そして神の御座の右に座しておられるのです。 ――――――――――――――務めの言葉―――――――――――――――― へブル人への手紙では、キリストがユダヤ教のあらゆるものにはるかにまさって いることを見ます。ユダヤ教には神があります。ヘブル人への手紙第1章によれ ば、キリストはまさに神です。さらに、ヘブル人への手紙第2章で、キリストが 人でもあることを見ます。ユダヤ教では、神は単に神であるだけですが、新約に おける神は、神と人の両方、すなわち神・人です。そのような神・人としてキリ ストは、ユダヤ教のもう一つの重要な項目である御使いたちにまさっています。 さらにまたヘブル人への手紙は、キリストが、モーセ、ヨシュア、アロン、祭司 にまさっていることを啓示しています。 ヘブル人への手紙によれば、キリストによって制定された新契約は、モーセによ って制定された旧契約にまさっています(8:6-13)。また、キリストの唯一のいけ にえは、古いいけにえにまさっています(10:9-10, 12, 14)。神は今や、キリス トの唯一のいけにえだけを顧みられます。それは旧約のすべてのいけにえを終わ らせ、それに置き換わりました。 ヘブル人への手紙においてパウロは、旧約の事柄が終わったことを示す明白な絵 を提示しています。今や神の新約エコノミーの中にあるのは、イエス・キリスト、 すべてを含む方です。パウロはそのような展望を見たので、そのようなすべてを 含むキリストと、時代遅れの旧約のエコノミーの劣った事柄との混合を、容赦す ることができませんでした。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(四)」(1989年版)メッ セージ59から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。