聖霊とイエスの霊(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒16:6 また、彼らはアジアで御言を語ることを、聖霊に禁じられたので、フ ルギヤとガラテヤの地方を通って行った。(7節)彼らがムシヤに来た時、ビテニ ヤに入って行こうとしたが、イエスの霊が彼らを許さなかった。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) わたしたちは6節と7節にある二つの神聖な称号に注意を払う必要があります。そ れは、聖霊とイエスの霊です。イエスの霊が前の節の聖霊と交換できるように用 いられているのは、イエスの霊が聖霊であることを啓示しています。聖霊は、新 約では神の霊の一般的な称号です。イエスの霊は、神の霊についての特別な表現 であり、受肉された救い主の霊のことを言います。この方は、イエスとしてその 人性の中で、人の生活と十字架上の死とを経過されました。これは、イエスの霊 の中には神の神聖な要素だけでなく、イエスの人性の要素、そして彼の人の生活 と死の苦しみの要素もあることを示しています。 「聖霊」という称号が最初に使われたのは、主イエスの受胎の時でした。時が来 て、キリストの来られる道が備えられ、キリストのために人の体が備えられ、新 約の経綸が開始した時、聖霊という用語が用いられるようになりました(ルカ 1:15, 35、マタイ1:18, 20)。この称号は、主の受肉と関係があります。 使徒行伝第16章7節でルカは、聖霊からイエスの霊に転じています。ひとりの人 として、イエスはまず人の生活を送られ、十字架につけられ、復活されました。 彼は天に昇り、主またキリストとされました。聖霊は、ただ主イエスの受肉と誕 生に関係があるだけです。しかし、イエスの霊は、彼の人性、人の生活、死、復 活、昇天と関係があります。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(三)」(1989年版)メッ セージ44から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。