ペンテコステ――その霊の満ち満ちた祝福(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒2:1 さて、ペンテコステの日が満ちた時、彼らはみな同じ場所に集まって いた。(4節)すると、彼らはみな聖霊で満たされ……。 ガラテヤ3:14 それは、アブラハムの祝福が、キリスト・イエスの中で異邦人に 及ぶためであり、わたしたちが信仰を通して、約束されたその霊を受けるためな のです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全4編のうちの第2編) ペンテコステは七週の祭りの成就でした。そしてこの祭りは刈り入れの祭りとも 呼ばれました(出23:16)。その日には、すべてを含む霊の注ぎがありました。こ の霊は、手順を経た三一の神の豊かな産物であり、福音の祝福としてご自身によ って彼の選びの民に与えられたものです。ガラテヤ人への手紙第3章14節は、福 音の唯一の祝福が天ではなく、あるいは罪の赦しでさえないことを示しています。 福音の唯一の祝福はその霊であり、すなわち手順を経た三一の神のすべてを含む 霊でさえあります。福音の祝福としてのこの霊は、わたしたちに与えられていま す。それはわたしたちが、三一の神の具体的表現であるすべてを含むキリストを、 わたしたちの良き地として享受するためです。 刈り入れの祭りは、復活されたキリストによってもたらされた豊かな産物の享受 を予表します。この豊かな産物は、手順を経た三一の神のすべてを含む霊です。 この霊は、福音の祝福として神がご自身の選びの民に与えたものです。それは、 彼らがすべてを含むキリスト(三一の神の具体化そのもの)を彼らの良き地として 享受するためです。これが象徴していることは、信者たちがペンテコステの日に 満ちあふれる霊を受けることを通して、良き地の中に入っただけでなく、キリス トの死と復活の中で、神の新約エコノミーにおける満ち満ちた割り当てとして、 すべてを含むキリストの満ちあふれる豊富にもあずかったということです。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(一)」(1980年版)メッ セージ6から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。