キリストの証し人(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨む時、あなたがたは力を受ける。 そしてエルサレムにおいても、ユダヤ全土とサマリヤにおいても、また地の果て までも、わたしの証し人となるであろう。 使徒22:15 それは、あなたが見聞きした事について、すべての人に対して彼の 証し人となるためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) 使徒行伝第1章8節で、主は彼らに次のことを告げておられるようでした、「あな たがた弟子たちは経綸上において移される必要があります。あなたがたは旧約か ら新約へ、イスラエル王国から教会という神の王国へ、エコノミー上において移 される必要があります。イスラエルを忘れなさい。教会に注意を払いなさい。あ なたがたはまた律法からキリストへと、すなわちわたしへと移る必要があります。 モーセや律法の代わりに、あなたがたはわたしを持っています。あなたがたはも はや律法を守る者であってはなりません。今やあなたがたはわたしの生ける証し 人、復活のキリストの生ける証し人であるべきです。あなたがたに語るのはわた しであって、モーセではありません。わたしは生きている者、復活した者として ここにいます。律法を守る者となってはいけません。わたしの生ける証し人とな りなさい」。 あなたは救われて何年にもなるかもしれませんが、どのようにしてキリストの生 ける証し人となるべきかを考えたことがあるでしょうか? 多くの信者はこのこ とについて考えたことがないと思います。その反対に、多くの人は新約聖書の中 の戒めを守ろうとしています。彼らは、律法を守る者のように戒めを守る者とな りたいのですが、主イエスの証し人になるべきであるという観念を持っていない かもしれません。わたしたちは新約の民ではありますが、依然として旧約の観念 を持っているかもしれません。わたしたちは、旧約の観念から新約のエコノミー へと移される必要があります。これは、わたしたちが律法からキリストへと移る 必要があることを意味します。わたしたちは、律法を守る者たちとなることから、 イエスの証し人となることへと移される必要があります。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(一)」(1988年版)メッ セージ4から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。