わたしたちの霊を活用してキリストを知る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:2 それは、彼らの心が慰められ、彼らが愛の中で結び合わされ、理 解力から来る全き確信のあらゆる豊富へと至るため、すなわち、神の奥義なるキ リストを知る全き知識へと至るためです。 エペソ3:4 キリストの奥義……、(5節)……は、今や彼の聖なる使徒たちと預言 者たちに、霊の中で啓示されていますが……。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神ご自身は奥義であり、キリストはこの奥義の奥義です。確かにわたしたちは聖 書の文字を読むことによって、そのような奥義を簡単に推し量ることはできませ ん。キリストはわたしたちの霊の中に住んでおられるので、わたしたちは霊を活 用して、神の奥義としての彼を知る必要があります。キリストを、外側の方法で 知る単なる対象と考えてはなりません。十字架につけられ復活させられた方とし て、彼は天の御座にもおられ、またわたしたちの霊の中にも生きておられます。 ですから、わたしたちが霊を活用して彼と接触することは極めて重要です。これ は、わたしたちが深みから開いて、彼を呼び求めなければならないことを意味し ます。わたしたちの霊は、わたしたちの最も深い部分であって、心や魂のすべて の部分よりも深いのです。ですから、わたしたちの霊を活用するとは、わたした ちの最も深い部分を開いて主イエスの御名を呼び求め、わたしたちの内側に生き ておられる方としての彼に触れることです。 彼を知るためには、わたしたちの霊を活用するだけでなく、心が慰められなけれ ばなりません。これは、わたしたちの心がはぐくまれ、温められなければならな いことを意味します。さらに、思いは冷静でなければならず、感情は規制されな ければならず、意志は服従させられなければなりません。わたしたちの内側のす べての部分は正常であり、正しく機能しなければなりません。こういうわけでパ ウロは、神の奥義としてのキリストを知る全き知識を持つことに関連して、心が 慰められることについて語っているのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第18編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。