キリストの中で完全に成長したすべての人をささげる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:27 ……それはあなたがたの内にいますキリストであり、栄光の望み です。(28節)わたしたちはこのキリストを告げ知らせ、知恵を尽くしてすべての 人を戒め、すべての人を教えています。それはわたしたちが、キリストの中で完 全に成長したすべての人を、ささげるためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) 完全に成長したと訳されたギリシャ語の言葉はまた、円熟した、完全にされた、 完成されたとも訳されます。パウロの務めは、キリストを人に分け与えて、人が キリストの中で円熟することによって完全にされ、完成されて、完全に成長する ことでした。しかしながら、今日の多くのキリスト教の働き人には、キリストの 中で完全に成長したすべての人をささげるという観念が何もありません。彼らの 働きの目標はこれ以外のものです。しかしわたしたちは、パウロが持っていたの と同じ目標を持たなければなりません。 福音を宣べ伝える時でさえ、わたしたちの目標は、命を分け与えて、キリストの 中で円熟し、完全に成長した人をささげることでなければなりません。未信者に 福音を宣べ伝え、キリストを供給し、彼らが主を受け入れるのを助ける時、わた したちの目標は、単に彼らが火の池から、また神の罪定めから救われることだけ ではありません。わたしたちの目標は、彼らが神の赦しを経験することだけでは ありません。それは、キリストを彼らの中に供給して、彼らが最終的にキリスト の中で完全に成長してささげられることです。もしわたしたちが福音を宣べ伝え る時にキリストを人に分け与えることに失敗するなら、わたしたちの福音の宣べ 伝えは神の標準に達しないでしょう。わたしたちが語るすべての人の中に、キリ ストが注入されなければなりません。わたしたちは聖徒たちとの交わりにおいて も、同じ目標を持つべきです。聖徒たちと接触する時、わたしたちの目標は、キ リストを彼らの中に供給し、彼らがキリストの中で円熟することであるべきです。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第16編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。