主の復活は誕生である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:15 御子は、見えない神のかたちであり、全被造物の中で最初に生ま れた方です。(18節)そして御子は、教会であるからだのかしらです。彼は初めで あり、死人の中から最初に生まれた方です。それは彼ご自身が、万物のうちで第 一位となるためです。 使徒13:33 すなわち、神は彼を復活させて、子孫であるわたしたちに、この約 束を完全に成し遂げられました。それは詩篇第2篇にも、「あなたはわたしの子 である。今日わたしはあなたを生んだ」と書き記されているとおりです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) 神の御子として、キリストは二度の誕生を経過されました。最初の誕生は彼の受 肉の時に起こり、第二の誕生は彼の復活において起こりました。すべてのクリス チャンは、キリストが受肉を通して生まれたことを認識していますが、彼の復活 を誕生と考える人は多くありません。使徒行伝第13章33節は、キリストが復活の 中で生まれたこと、すなわち誕生したことを示しています。復活を通して、彼は 神の御子として生まれました。しかしながら、彼は受肉の前、永遠の中で、すで に神の御子でした。それではなぜ、彼は復活の中で神の御子として生まれる必要 があったのでしょうか? キリストは受肉の前、人ではありませんでした。彼は 無限な永遠の神でした。しかし、時代の満了時に、キリストは聖霊によってマリ アの胎に入られ、そして九か月後に、べツレヘムの飼葉桶の中で生まれました。 ヨハネによる福音書第1章14節によれば、キリストである言は肉体と成りました。 これは、彼が人と成る段階を取られたことを意味します。受肉を通して、無限で 永遠の神が人と成られたとは、何と驚くべきことでしょう! しかしながら、人 と成ることで、彼は神であることをやめられたのではありません。 キリストは三十三年半、地上で生活された後、十字架につけられました。そして 復活の中で、彼は第二段階を取り、二度目に生まれて、神の長子となられました。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・コロサイ人への手紙(一)」(2004 年版)メッセージ第9編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。