キリストのからだの中には階級の区別はない ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 1コリント12:13 なぜなら、わたしたちはユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自 由人も、みな一つ霊の中で、一つからだの中へとバプテスマされ、みな一つ霊を 飲むようにされたからです。 ガラテヤ3:28 ユダヤ人もギリシャ人もあり得ません。奴隷も自由人もあり得ま せん。男も女もあり得ません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエス の中で一つだからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 使徒はわたしたちに、奴隷と自由人の区別はないと言っています。キリストの中 では自由人も奴隷もありません。キリストの中で階級の問題はすべて消滅してい ますから、全員に階級の感覚はありませんし、全員に階級への固執はありません。 民主政治はローマから始まり、公民権、選挙、投票はみなローマから始まりまし た。しかし、その当時、自由人だけがそれを得ることができたのであり、奴隷に は何もありませんでした。奴隷には公民権もないので、人間とは考えられていな いのです。この種の階級の区別は、今日の主人としもべ、雇用主と従業員、上司 と部下の関係に比べて数倍厳しいものでした。 あなたは神の御前で見なければなりません。今日あなたはしもべであるかもしれ ませんし、他の人の部下、あるいは別の人の従業員であるかもしれません。どう か覚えていてください。あなたの上司、あなたの主人に対しては、勤務中あなた は自分の地位にしっかりと立ち、服従し、聞き従うことを学ばなければなりませ ん。しかし、あなたと彼が神の御前に来る時はいつでも、彼があなたの主人だか ら、彼があなたの上司だからという理由で彼に譲歩することはできません。霊的 な事柄を語り合う時、彼が主人であるゆえに彼が語る事は正しいとすることはで きません。彼が上司であるから彼の道理は正しいとすることもできません。この ような事はありません。ひざまずいて祈る時はいつも、霊的な事に触れる時はい つも、この地位は改まり、この階級の関係は存在しません。その関係を教会に持 ち込むわけにはいきません。教会にはこの関係は存在しないからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第48巻「初信者を成就するメッセージ(一)」(1999年版) メッセージ第8編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。