ビジョンにしたがって語る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創世記37:9 ヨセフはまた、ほかの夢を見て、それを兄たちに話した。彼は、 「また、私は夢を見ましたよ。見ると、太陽と月と十一の星が私を伏し拝んでい るのです」と言った。 40:8 ふたりは彼に答えた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいな い。」ヨセフは彼らに言った。「それを解き明かすことは、神のなさることでは ありませんか。さあ、それを私に話してください。」(12節)ヨセフは彼に言っ た。「その解き明かしはこうです……。(新改訳) ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ヨセフは投獄されていた間、自分の夢がまだ成就していなかったのに、信仰と大 胆さを持って、獄にいる二人の仲間の夢を解き明かしました。もしあなたの夢が 自分の解き明かしにしたがって成就されたなら、他の人の夢を解き明かすことは 容易です。しかしヨセフの場合、約十年の後にさえ、自分自身の夢の解き明かし が成就していませんでした。そのような状況にある人が、他の人の夢を解き明か すことは困難でした。それにもかかわらず、ヨセフはそれを行なったのです。 わたしも同じことを行なったと、証しすることができます。わたしは、たとえわ たしのビジョンが成就していなくても、他の人たちに自分の見たビジョンにした がって前進するよう励ましました。確かにわたしは、これを行なうことで正しか ったのです。昔の夢見る者たちはすべて、後から来る人たちのために何かを苦し まなければなりません。 アンドリュー・マーレーはかつて次のように言いました、「御言の良い奉仕者は、 常に自分が経験した以上のことを供給すべきです」。これは、わたしたちがビジ ョンの成就による以上に、ビジョンにしたがって語るべきであることを意味しま す。たとえわたしたちのビジョンが成就していなくても、わたしたちはなおもそ れを人に語るべきです。わたしたちのビジョンが成就される時が来るでしょう。 ヨセフの夢は、彼が料理人の夢を解き明かしたことを通して最終的に成就された のです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「旧約ライフスタディ・創世記(七)」(1999年版)メッセー ジ第112編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。