献身――祭壇と天幕(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創世記12:7 そのころ、主がアブラムに現われ、そして「あなたの子孫に、わた しはこの地を与える。」と仰せられた。アブラムは自分に現われてくださった主 のために、そこに祭壇を築いた。 ローマ12:1 兄弟たちよ、こういうわけで、わたしは神の慈しみを通して、あな たがたに勧めます。あなたがたの体を、神に喜ばれる、聖なる、生きた供え物と してささげなさい。それが、あなたがたの理にかなった奉仕です。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第1編) アブラハムがモレに到着して、神が彼に再び現れた後、彼は祭壇を築きました(12:7)。 これは、アブラハムが築いた第一の祭壇でした。聖書の中で、祭壇は、わたした ちが神のためにすべてを持っており、神に仕えることを意味します。祭壇を築く ことは、わたしたちであるすべて、わたしたちの持っているすべてを神にささげ ることを意味します。わたしたちであるすべてと、わたしたちの持っているすべ てを、祭壇の上に置く必要があります。わたしたちが神のために何かをする前に、 神はわたしたちに言われるでしょう、「子よ、わたしのために何かをしてはなり ません。わたしはあなたを求めます。わたしは、あなたであるすべて、あなたの 持っているすべてを、わたしのために祭壇の上に置いてもらいたいのです」。こ れが真の交わり、真の礼拝です。召された者の真の礼拝は、わたしたちであるす べてとわたしたちの持っているすべてを祭壇の上に置くことです。 もしあなたが自分の経験を調べるなら、あなたが召された直後に、神はあなたに 再び現れ、あなたは、「主よ、今から後、すべてはあなたのものです。わたしで あるすべて、わたしの持っているすべて、わたしのなし得ること、わたしのなそ うとしていることすべては、あなたのためです」と言ったことがわかるでしょう。 わたしは、自分が救われた日の午後、何が起こったかを今も思い起こすことがで きます。わたしがその教会の建物から出て、通りを歩いていた時、わたしは目を 天に上げて、「神よ、今日からは、すべてのものはあなたのためです」と言いま した。それは真の献身でした。霊的な意味において、それは祭壇を築くことでし た。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「旧約ライフスタディ・創世記(三)」(1998年版)メッセー ジ第41編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。