実行上の教会生活の五つの面 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ16:3 キリスト・イエスにあるわたしの同労者、プリスカとアクラによろ しく。(4節)彼らはわたしの命のために、自らの首を差し出しました。彼らには わたしだけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。(5節)また、彼ら の家にある教会によろしく。わたしの愛するエパネトによろしく。彼はキリスト へのアジアの初穂です。(16節)……キリストのすべての教会があなたがたによろ しく。(23節)わたしと全教会との家主ガイオから、あなたがたによろしく。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 教会生活のこれら五つの面を挙げてみましょう。それは、教会に仕えること、教 会のために命を差し出すこと、自分の家の中に教会を持つこと、だれの教会とも 決して考えないで、キリストの教会であると認めること、教会のすべての人に接 待を広げ、全教会の家主となることです。第16章に記されたあいさつで、パウロ は特定の地方教会における、また諸教会の間における、正当な教会の重要な指標 を開いて見せました。彼のあいさつはまた、多くの愛する聖徒たちの資質を浮き 彫りにしました。こういうわけで、第16章でわたしたちは、各地にある諸教会を 見るのであり、また多くの聖徒たちの特質と美徳において現された真の教会生活 の詳細を見ます。これが古代の教会生活の完全な描写です。もう一度いいますが、 ローマ人への手紙では教会の教理を見いだしません。わたしたちは教会生活の実 行を見ます。ですから、福音の究極的完成は、教会生活です。 ローマ人への手紙第1章と第16章との間に何と大きな対照があることでしょう。 第1章では、罪人、すなわち、邪悪で、汚れた、罪定めされた人々を見ます。第 16章では、聖なる栄光に満ちた教会をみます。それは比較になりません。どのよ うにして邪悪な罪人が栄光の教会になったのでしょう? 第1章から第16章に啓 示された長い過程、すなわち、贖い、義認、聖別、栄光化、選び、造り変えの過 程を通してです。長い過程の結果、罪人は栄光の教会、すなわち、聖く、しかし、 とても実行的な教会になったのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ローマ人への手紙(一)」(1997年 版)メッセージ第30編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。