ローマ人への手紙第7章にある三つの法則 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ローマ7:12 ですから、律法は聖であり、また戒めも聖であり、義であり、善で す。(22節)わたしは、内なる人によれば神の律法を喜びますが、(23節)自分の肢 体の中には別の法則があって、わたしの思いの法則に逆らって戦っており、わた しの肢体の中にある罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見ます。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全3編のうちの第1編) 神の律法は公正であり、善であり、聖であり、霊的です。この律法はわたしたち の外側にあります。あるいは、わたしたちの上にあると言ってもよいでしょう。 この神の律法は、堕落した人に多くの注文と要求をし、彼が暴露されるようにし ます。神の律法はわたしたちの上と外側にあって、わたしたちに要求しますが、 善の法則は人の魂の思いの中にあります。わたしたちの思いの中の善の法則は、 神の律法と一致し、その要求に応答し、それを守ろうとします。神の律法が、 「あなたの両親を敬いなさい」と言うなら、わたしたちの思いの中の善の法則は 直ちに答えて、「アーメン、そうします。わたしは両親を敬います」と言います。 しかしながら、わたしたちの肢体の中には第三の法則、罪の法則があって、善の 法則に逆らって戦います。罪の法則は、わたしたちの堕落した体の肢体、肉の中 にあります。それは絶えず善の法則に逆らって戦い、人をとりこにします。善の 法則が神の律法に応答し、神の律法の要求を満たそうとする時はいつも、わたし たちの肉の中の悪の法則が起き上がります。もし善の法則が応答し損ねたなら、 悪の法則は眠っているかのように、活動を休止したままです。しかしながら、善 の法則が応答していることを悪の法則が知るなら、悪の法則は善の法則に逆らっ て戦い、必ずわたしたちをとりこにします。これは教理ではありません。これは わたしたちの生涯の歴史です。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ローマ人への手紙(一)」(1997年 版)メッセージ第13編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。