聖書はロマンスである(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 啓21:9 ここに来なさい。あなたに小羊の妻である花嫁を見せよう。(10節)そし て彼はわたしを霊の中で、大きな高い山へ連れて行き、聖なる都エルサレムが天 から出て、神から下って来るのをわたしに見せたが。 エペソ1:22 ……彼(キリスト)を万物の上にかしらとして教会に与えられました。 (23節)この教会は、キリストのからだであり、すべての中ですべてを満たしてい る方の豊満です。 ――――――――――――――務めの言葉―――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) 聖書は一つのロマンスです。あなたはかつてこれを聞いたことがあるでしょうか?  それは世俗的で、宗教的でないように聞こえるかもしれません。しかしながら、 聖書の深い思想の中に入り込むなら、最も純粋で最も聖なる意味において、聖書 が宇宙的な夫婦についてのロマンスであることを、あなたは認識するでしょう。 この夫婦の男性は神ご自身です。彼は神聖な方ですが、この宇宙的な夫婦の男性 となることを願っておられます。この神は、長い過程の後、花婿としてのキリス トとなられました。この夫婦の女性は、団体の人であり、神に贖われた民であっ て、旧約と新約のすべての聖徒を含んでいます。長い過程の後、この団体の人は 花嫁としての新エルサレムとなります。 さらに、聖書はわたしたちに、二人から成るこの夫婦が一体であることを告げて います。キリストと彼の選ばれた民は、一人の宇宙的な団体の人であり、夫であ るキリストをそのかしらとしており、妻である教会をそのからだとしています。 最終的にこの二人は、一人の、すべてを含む、宇宙的な、団体の人となります。 これが神の言葉の中の神聖な啓示の核です。その核とはまさに、一組の夫婦と一 人の人です。すなわち、三一の神(三一)を夫とし、彼の選ばれた民を妻とする一 組の夫婦であり、また、キリストをかしらとし、彼の選ばれた民をからだとする 一人の人です。これが全聖書の中心的な啓示です。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ローマ人への手紙(一)」(1997年 版)メッセージ第1編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版され ています。