キリストは教会を養う ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ5:29 自分の肉体を憎んだ者はかつてなく、むしろ、キリストが教会に対 してなされるように、それを養いはぐくむのです。(30節)なぜなら、わたしたち はキリストのからだの肢体だからです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― キリストが教会を顧みるのには二つの面があります。内側の面は養いであり、外 側の面ははぐくみです。養われることは、何かがわたしたちへ内面的に分与され ることです。ところが、はぐくまれることは、外面的にあたためられ慰められる ことです。 今日、キリストによって養われようとするのでしたら、彼の中に住みつき、彼の 内容をわたしたちの存在の中に命また命の供給として吸収する必要があります。 これを実際に経験するため、わたしたちは日ごとに生ける御言葉に接触する必要 があります。なぜなら、御言葉は命の具体化であり、また命の供給の具体化だか らです。わたしたちが主の中に住みつけば住みつくほど、そして御言葉に接すれ ば接するほど、さらにわたしたちは彼の養いを経験します。これが、キリストが 教会を養われる道です。 教会のすべての肢体は主の中に住みつくことを実行する必要があります。わたし たちと主との間に何の絶縁も、何の分離も、彼からの何の隔てもあってはなりま せん。わたしたちが彼から分離するやいなや、養いの供給は断たれます。たえず 主の中に住みつくことと並行して、わたしたちは日ごとに御言葉に来て、それを わたしたちの命また命の供給として取り入れなければなりません。そうすればわ たしたちは養いを受けるでしょう。なおまた、教会のすべての集会は養いの集会 でなければなりません。モーニング・ウォッチ(祈りと聖書を読む時間)と、聖徒 たちとわたしたちとの交わりがまた養いの時であるべきです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(三)」(2001年 版)メッセージ第53編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。