どのようにして親切であり、赦すか ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― エペソ4:31 すべての苦さ、憤り、激怒、わめき、ののしりを、すべての悪意と 共に、あなたがたから去らせなさい。 エペソ5:1 こういうわけで、愛される子供たちとして、神に倣うものになりな さい。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちが恵みとしてのキリストにある神を享受するなら、この節で述べられ たすべての邪悪な事は、わたしたちから除き去らせることができます。例えば、 わたしたちの日常生活には何のわめきもなく、何の悪意もないでしょう。恵みの 中で、真理の原則によって生活する人はだれも、他の人の悪口を言わないでしょ う。 最後に32節は言います、「そして互いに親切で情け深くあり、神がキリストにあ ってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい」。キリストを命の 供給と喜びとして享受することによってのみ、わたしたちは情け深くあることが でき、こうして互いに赦し合うことができます。わたしたちが情け深いなら、人 を赦すでしょう。わたしたちは日常の歩みの中で、人を赦すことと人に赦しても らうことの両方を必要とします。これが必要であるのは、わたしたちは容易に人 によって怒らせられ、また容易に人を怒るからです。もしわたしたちがだれかを 怒るなら、赦しを求める必要があります。しかし、もしわたしたちが人によって 怒らせられたなら、神がキリストにあってわたしたちを赦してくださったように、 赦しを他の人に及ぼす必要があります。 使徒は、この区分における彼の勧告の中で、神をわたしたちの日常生活のパター ンとして示しています。その霊の中で、神の命によって、わたしたちは神が赦し てくださったように、赦すことができます。これがわたしたちの日常の生活であ るなら、わたしたちは神の聖霊を悲しませることはないでしょう。そのような生 活を持つために、わたしたちは真理にしたがって、わたしたちの恵みとしてのキ リストにある神によって、生きる必要があります。  ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・エペソ人への手紙(二)」(2001年 版)メッセージ第48編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版さ れています。