栄光化とは何か? ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ17:1 イエスはこれらの事を語ると、目を天に上げて言われた、「父よ、 時が来ました。子があなたの栄光を現すために、あなたの子の栄光を現してくだ さい。(5節)父よ、世が存在する前に、わたしがあなたと共に持っていた栄光で もって、あなたご自身と共に、今わたしの栄光を現してください。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 栄光を現すことの最も良い例証は、花が咲くことです。例えば、カーネーション の種が土の中にまかれます。それが土から生長してくると、花が咲きます。この 花が咲くことが、カーネーションの種の栄光を現すことです。カーネーションの 種は、カーネーションの花の命の要素と命の形体を持っています。その花の容姿、 色、美しさはすべて、小さなカーネーションの種の中に含まれています。しかし、 その種が土の中から生長して花が咲くまで、だれもこの容姿、色、美しさを見る ことができません。花はその種の栄光です。開花することは種の栄光を現すこと です。なぜなら、花が咲くことによって、種の栄光が現され、すなわち表現され るからです。 イエス・キリストは肉体の中で来られた時、小さなカーネーションの種のようで した。彼はある程度、神を表現しましたが、彼の神性の栄光はすべて彼の肉体の 中に隠されていました。彼の中、すなわち、彼の人のかたち、彼の人性の殻の中 には、神聖な命のすべての美しさと形体がありました。死ぬという言葉は、わた したちにとって心地よい言葉ではありません。しかしながら、種にとって、土に 埋められて死ぬのは悪くありません。ある日、彼は土の中にまかれました。彼は 死なれた後、彼の復活の中で成長し、開花されました。彼の復活の中で、命の美 しさ、かたち、容姿、色、豊富が解き放され、表現されました。それが御子の栄 光を現すことでした。父なる神であるすべてが御子の中に具体化されていたので、 御子が栄光を現された時、御子の栄光が現される中で御父の栄光が現されました。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「新約ライフスタディ・ヨハネによる福音書(二)」(1996 年版)メッセージ第38編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版 されています。