今日キリストはわたしたちの満足である ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― イザヤ49:10 彼らは飢えず、渇かず、熱も太陽も彼らを打たない。彼らをあわ れむ者が彼らを導き、水のわく所に連れて行くからだ。(新改訳) ヨハネ4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して永遠に渇く ことはない。わたしが与える水は、その人の内で泉となって、永遠の命へとわき 出るのである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 望みを持っているのに満足を得ていないのが、飢え渇いていることです。飢え渇 かない人とはどのような人でしょうか? 「イエスは彼らに言われた、『わたし が命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしの中へと 信じる者はいつまでも決して渇くことはない』」(ヨハネ6:35)。「しかし、わ たしが与える水を飲む者はだれでも、決して永遠に渇くことはない。わたしが与 える水は、その人の内で泉となって、永遠の命へとわき出るのである」(ヨハネ 4:14)。キリストは、彼を信じるすべての人が満足を得ることができ、また満足 する命を得ることができると約束されました。あなたがキリストを満足と見なす のではなく、キリストがあなたの満足となられるのです。この世はあなたに一時 的な満足、ただ一回の満足を得させることができるだけであって、永遠の満足を 得させることはできません。「この水を飲む者はだれでも、また渇く。しかし、 わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して永遠に渇くことはない」(13-14節)。 これが主の言葉です。 神は、わたしたちが天に達する時にはじめて満足を得ることができると言われる のではなく、今日でさえわたしたちが満足を得ることができると言われます。あ なたは今日、天上にいるのと同じように飢えることもなく渇くこともないと信じ ることができるでしょうか? あなたは、かの日、主イエスが天上でわたしたち を満足させてくださるのと同じように、今日この地上でわたしたちの心を満足さ せてくださるのです。主は言われました、「わたしが与える水を飲む者はだれで も、決して永遠に渇くことはない」。いったんわたしたちが飲むなら、わたした ちは満たされるのです。この満足させる命は、今日わたしたちのものとなること ができるのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第37巻「一般的なメッセージ(一)」(1998年版)メッセー ジ第2編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。