結婚は神によって定められた(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 創2:23 すると人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの 肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」(24節)それゆえ、 男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。(新改訳) ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) 創世記第2章の神の創造において、結婚があります。ヨハネによる福音書第2章に おいて、主イエスが務めを始められた当初、カナで婚宴がありました。その婚宴 において、主イエスは水をぶどう酒に変えられました。この事はわたしたちに、 主イエスが結婚を許しておられるばかりか、よしとされ、承認されることを見せ ています。あなたはそこで、主イエスがその結婚集会に出席されただけでなく、 それを強め、さらに良いものにされたことを見るでしょう。ですから、結婚とい う事柄は神が始められたものであり、主イエスも特にそれを良いものと認められ るのです。それは、この事が完全に神から出ているからです。 ここでわたしたちは、神の御前における結婚の地位を見ます。神の目的は、一人 の夫と一人の妻を得て、彼らが互いに助け合うことです。こういうわけで、彼の 妻は助け手と呼ばれるのです。「助け手」のヘブル語の意味は、妻として添わせ、 助けることです。ここでわたしたちは、人が共に生活をして、互いに交わりを持 ち、互いに助け合うことを、神が求めておられるのを見るでしょう。これが神の 目的です。 ペテロは第一の手紙第3章7節で、妻は「命の恵みの共同の相続人」であると言っ ています。言い換えれば、神は、夫婦が共に神に仕えることを喜んでおられると いうことです。神は、アクラとプリスキラがご自身に仕え、ペテロと彼の妻、ユ ダと彼の妻も共に神に仕えるのを喜ばれます。人は、一人でクリスチャンである だけでなく、共にクリスチャンであるべきです。人は、一人で恵みを受け継ぐだ けでなく、二人で共に恵みを受け継ぐべきです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第49巻「初信者を成就するメッセージ(二)」(1999年版) メッセージ第30編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。