神のみこころを行なうことを決心する(2) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 2コリント5:14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちに押し迫っているからで す。そこでこう判断しました。一人の方がすべての人のために死なれたからには、 すべての人が死んだのです。(15節)そして、彼がすべてのために死なれたのは、 生きている者が、もはや自分自身にではなく、彼らのために死んで復活された方 に生きるためです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第2編) わたしたちは救われてからは、自分の意志のままを行なえば行なうほど苦しくな り、喜びが失われてしまうでしょう。しかし、新しい命によって行動すればする ほど、神のみこころどおりに行なえば行なうほど、平安になり、喜びがあるでし ょう。これはすばらしい大変化です。自分の意志のままを行なえば喜べると思っ てはなりません。クリスチャンになった後、自分の意志に従うのではなく、神の みこころに従うこと、神のみこころどおり行なうことを学ぶのでしたら、この道 は平安、喜びの道であることがわかるでしょう。クリスチャンの喜びは、神のみ こころどおりに行なうこと、自分の意志にしたがって行なわないことにあるので す。 わたしたちがクリスチャンになったなら、神のみこころを受け入れることと、神 のみこころにすべてを支配させることを学ばなければなりません。もし神のみこ ころの下に従順に服することができるなら、回り道をすることが少なくてすみま す。多くの人が失敗し、多くの人が命の成長に欠けるのは、自分の意志のままに 行なうからです。自分の意志のままに行なった結果は、苦しみであり、貧しさで あり、しかも最終的には神のみこころに従わなければならないのです。なぜなら、 神は絶えず物事を通して、別の環境や状況を通して、あなたを服させようとされ るからです。あなたが神の選びにあずかっていないのなら、神はあなたに好きな ようにさせるでしょう。しかし、あなたは神に選ばれている以上、神はご自分の 方法であなたを御前に連れてきて、服従の道を歩ませるでしょう。ですから、す べての不従順は、単にあなたに多くの回り道をさせるだけであって、結果的には やはり服従するようになるのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第49巻「初信者を成就するメッセージ(二)」(1999年版) メッセージ第27編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されて います。