思い煩いを中和する秘訣 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ピリピ4:6 何事にも思い煩うことなく、あらゆることにおいて、感謝をささげ ることを伴う祈りと願い求めによって、あなたがたの要望を神に知らせなさい。 (7節)そうすれば、人知をはるかに超えた神の平安が、あなたがたの心と思考を、 キリスト・イエスの中で護衛してくださいます。(11節)わたしは乏しいから言う のではありません。というのは、わたしはどんな境遇でも、満ち足りることを学 んだからです。(13節)わたしは、わたしを力づけてくださる方の中で、いっさい の事柄を行なうことができるのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― もし秘訣を学んだのでしたら、わたしたちは心配をいかに中和させるかを知るで しょう。もしあなたが窮乏の中にあるなら、あなたは心配したり思い煩ったりす る必要はありません。主は依然として身近におられます。そして彼はあなたを顧 みてくださいます。あなたは生まれつき心配したり思い煩ったりします。これは 貧しい人だけでなく、富んでいる人についても言えることです。貧しい人たちに は彼ら特有の思い煩いがあり、富んでいる人たちには彼ら特有の思い煩いがあり ます。経験の中で真にキリストの中にいる人たち、そして内側でキリストによっ て力づけられている人たちだけが、思い煩う必要も心配する必要もないのです。 人としてパウロは、物質的な必要に関して苦しみを受けました。パウロは天使で はありませんでした。また彼は、感覚がなく命がない彫像のようではありません でした。疑いもなく、彼はキリストの中で満ち足りる秘訣を学んでいました。彼 が欠乏の中にあり、試みを受けて自分の状態について思い煩ったとき、彼はこの 秘訣を適用しました。その時、彼の経験において、この秘訣は彼の悩みを中和し ました。こういうわけで、彼は卑しめられる道も知り、また豊かになる道も知っ ていると証しする大胆さを持つことができました。パウロが卑しめられる道を知 った事実こそ、彼が卑しめられる感覚を経験したことを示しています。彼は、苦 難の時に悩み心配するとはどんなものであるかを知っていました。しかしそのよ うな時に、彼は内住のキリストの秘訣を適用しました。彼はキリストの中に見い だされましたが、まさにそのキリストを適用したのです。このキリストは実際で、 生きており、近く、便利で、優勢です。これがパウロの秘訣であったキリストで す。 パウロは禁欲主義の用語を使って、どんな境遇の中にあっても満ち足りることを 学んだと言うことができました。パウロは禁欲主義の言葉を使いましたが、決し て禁欲主義者ではありませんでした。それどころか、彼はキリストの中にある人 でした。そしてキリストを経験し、すべての境遇の中でキリストを適用しました。 パウロが満ち足りていることができたのは、彼が禁欲主義者によって教え込まれ たからではなく、キリストを適用したからなのです。彼は、このキリストの中で 生き、このキリストの中にとどまりました。わたしは繰り返して言いますが、こ のキリストがパウロの秘訣になったのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ピリピ人への手紙(三)」(1981年版)メ ッセージ29から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。