わたしたちの御父に祈る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ6:9 そこであなたがたは、このように祈りなさい。天におられるわたし たちの父よ、あなたの御名が聖とされますように。 ヨハネ1:12 しかし、すべて彼を受け入れた者、すなわち、御名の中へと信じる 者に、彼は神の子供たちとなる権威を与えられた。(13節)彼らは血によってでは なく、肉の意志によってでもなく、人の意志によってでもなく、ただ神によって 生まれたのである。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 主は言われました、「あなたがたは、このように祈りなさい」。もし「このよう に言いなさい」だとしたら、祈りはこれらの言葉を毎回唱えればいいわけです。 しかし、そうではありません。主はそのような事を言われたのではありません。 主が言われたのは、わたしたちはこのように祈るべきだということです。多くの 人は、自分の必要だけに注意を払い、神の必要に注意を払いません。ですから、 主イエスはここで口を開いて、「このように祈りなさい」とわたしたちに告げら れたのです。「このように祈る」ことは、非常に意味深く、非常に大いなること であり、非常に深遠なことです。兄弟姉妹よ、もしわたしたちが祈ることを少し でも学びたいのでしたら、「このように祈る」ことを学ばなければなりません。 神がわたしたちに、どのように祈るか、またどのようにして適切な祈りをするか を告げられたのは、神が地上に来られて人となって以来、これが始めてでした。 主はここでわたしたちに、「天におられるわたしたちの父」に祈らなければなら ないと言われました。「父」というこの呼び名は、人が神に向かって呼ぶ新しい 呼び方です。これまで人は神を、「全能の神」、「いと高き神」、「生ける神」、 「エホバ」と呼びましたが、神を「父」と呼んだ者は一人もいませんでした。こ れは、「父」という言葉が用いられた最初の時でした。このことがはっきりと示 していることは、この祈りが、すでに救われて永遠の命を持っている者が言うも のであるということです。人は救われると、神を「父」と呼ぶことができます。 神から生まれた者だけが、神の子供たちであり、神を「父」と呼ぶことができま す。 この祈りは、「天におられるわたしたちの父」に向かって祈る祈りです。これは 何と甘く、何と大きな慰めでしょう! 本来は、わたしたちの主イエスだけが神 を父と呼ぶことができました。しかし、これらの節で彼はわたしたちに、神をわ たしたちの父と呼ぶことを教えてくださいました。これは大いなる啓示です。神 に感謝します。御子はわたしたちのために死んで復活されました。そして、わた したちを神の子とならせ、このような新しい地位を得させてくださいました。今 から後わたしたちは、「天におられる父」に祈ることができます。これは何と親 密で、何と自由で、何と高く揚げられていることでしょう! どうか主の霊がさ らにわたしたちに教えてくださり、神がわたしたちの父であることを認識させ、 父が慈愛と忍耐に富んでおられることを信じさせてくださいますように。彼は、 わたしたちの祈りを聞かれるだけでなく、わたしたちに祈りの喜びをも得させた いのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「教会の祈りの務め」(1996年版)メッセージ第2 編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。