教会が進んで神のみこころを取る ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― マタイ18:18 まことに、わたしはあなたがたに言う。あなたがたが地上で縛る ものはすべて、天で縛られていたものであり、あなたがたが地上で解くものはす べて、天で解かれていたものである。(19節)また、まことに、わたしはあなたが たに言う。あなたがたのうちの二人が求めるどんな事でも、地上で調和一致する なら、それは天におられるわたしの父によって成就される。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 時間の中では、神の動きは人の支配を受けます。ここで言っている人とは、教会 を指しています。時間の中では、神のあらゆる行動は教会の制限を受けます。な ぜなら、教会は永遠の未来における人を代表するからです。教会は今日、神のみ こころのために地上に立っています。ですから、もし教会が神のみこころの標準 に達するなら、神は制限を受けないでしょう。しかし、もし教会が神のみこころ の標準に達しないならなら、神は制限を受けないわけにはいきません。教会は今 日、人が永遠の世で立つ地位に立っています。その時、人の意志は自由ですが、 それは完全に神の永遠のみこころの側に立ちます。教会には自由意志があります が、教会は自分の意志を、神の権威の下に服従させ、あたかも神のみこころ以外 には一つの自由意志もないかのようです。これによって、神は何であれ行ないた い事を行なうことができます。これこそ神の栄光です! 今わたしたちは、神の御前における教会の立場を見ることができます。わたした ちは教会を引きずり下ろして、教会はただの集会にすぎないと言うことはできま せん。違います! 教会とは、尊い血によって贖われ、聖霊によって再生させら れ、同時に自分自身を神の御手にささげ、喜んで神のみこころを取り、神のみこ ころを行ない、神のために地上で立ち、神の証しを維持する一群れの人たちです。 神は一つの法則にしたがって働かれることを、わたしたちは必ず見なければなり ません。地上では自由意志がありますから、神はご自身のみこころによって人を 抹殺することはされません。兄弟姉妹よ、これが奇妙なことであると思わないで ください。これは事実です。神は天におられます。しかしながら、地上における 神の働きはすべて、地上においてこの働きに同意し、それを行なうことを決意す る意志があってはじめて、達成されることができます。神は地上における人の意 志を脇に置くことはなさいません。神は、地上の意志を剥奪して、単独行動する ことはなさいません。神と関係あるすべての事は、地上において神と協力する意 志があってはじめて達成されるのです。神は、人の意志を神のみこころと調和さ せなければなりません。この調和された意志こそ、神の大いなる栄光です! ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第22巻「教会の祈りの務め」(1996年版)メッセージ第1 編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。