ご自分の無知な被造物によって調べられる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ1:10 彼は世におられた。世は彼によって成ったのであるが、世は彼を知 らなかった。(11節)彼はご自分のものの所に来られた。ところが、ご自分のもの である人たちは、彼を受け入れなかった。 1ペテロ1:18 あなたがたが知っているように、あなたがたが……贖われたのは、 銀や金などの朽ちるものによるのではなく、(19節)傷もしみもない小羊の血のよ うな、キリストの尊い血によるのです。(20節)その方は、世の基の置かれる前か ら、あらかじめ知られていましたが、この終わりの日に、あなたがたのために現 されました。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― わたしたちは、ここ(ルカによる福音書第20章)で調べられていた方が神・人であ ったことを認識する必要があります。確かにその状況の中で、人・救い主は一人 の人でした。しかし、彼はまた神でもありました。これは、神としての彼が、彼 を調べている反対者たちによって取り囲まれていたということです。彼らは何と 盲目で、愚かで、無知であったことでしょう! 彼らが調べていたその方が神ご 自身であることを、彼らは認識していなかったのです。もしわたしたちがこの理 解を持つなら、彼が祭司長たち、聖書学者たち、長老たち、パリサイ人たち、ヘ ロデ党の者たち、サドカイ人たちによって調べられた時、その神・人がどんな忍 耐を働かされたかわかるでしょう。彼は率直で、真っすぐで、賢明でしたが、彼 らに対しは怒りませんでした。彼は神でしたが、進んで彼の被造物によって調べ られていたのです。彼を調べる者たちによって尋問された後、彼は被造物である 彼らを助けて、彼が人と神のいずれでもあること、人の子と主なる神の両方であ ることを、彼らに認識させようとされました。キリストに関する彼の質問は、彼 らを沈黙させました。 ここで調べられた方は、過越の小羊としての神・人でした。そのような方として、 主は三重の身分を持っておられました。神と人と過越の小羊という身分でした。 彼はユダヤ人と異邦人の両方のために、神によって定められ、神によって用意さ れた小羊でした。彼は世の基が置かれる前から定められた唯一の小羊でした。で すから彼は、宗教的な人たちであるパリサイ人たちによって調べられただけでな く、政治的な人たちであるヘロデ党の者たちによっても調べられました。さらに また、彼は死ぬ前、ユダヤ人のサンヒドリンによってだけでなく、ローマの総督 であるピラトによって、また王であるヘロデによっても試みられました。これは、 過越の小羊がユダヤ人と異邦人の両方によって調べられたことを意味します。 神・人として、主イエスは独特です。彼は神聖な本質と人性の本質との両方を持 っておられます。神聖な本質は彼の人性の中にあります。神は、実は主の存在の 本質的な要素です。ですから、彼は過越の小羊として、二つの要素、すなわち神 聖な要素と人性の要素から本質的に構成されていました。人であり神聖である方 として、彼は神・人です。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(四)」(1988年版)メッセ ージ45から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。