神の中へと祈り込むことを学ぶ(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ルカ11:1 さて、イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一 人が彼に言った、「……わたしたちにも祈ることを教えてください」。(2節)イ エスは彼らに言われた、「あなたがたは祈る時、こう言いなさい、『父よ、あな たの御名が聖とされますように。あなたの王国が来ますように。(3節)わたした ちの日ごとのパンを、毎日、与えてください。(4節)わたしたちが自分に負債のあ るすべての者を赦したように、わたしたちの罪を赦してください。わたしたちを 試みに遭わせないでください』」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) わたしは多くの時間を費やして、この簡潔な言葉を考えました。わたしの結論は、 もしわたしたちがこのように繰り返し祈るなら、その結果は、わたしたちが自分 自身を神の中へと祈り込むことになるということです。言い換えると、この祈り の結果は、わたしたちが自分自身を神の中に見いだすということです。 もしわたしたちがこれらの節の主の教えにしたがって祈るなら、わたしたちは神 の中の人となるでしょう。わたしはあなたがたに次のように祈ることをお勧めし ます、「父よ、あなたの御名が聖とされますように。あなたの王国が来ますよう に」。もしこれを何回も祈るなら、あなたは自分が神の中にいることがわかるで しょう。これはわたしの理解であり、またわたしの経験でもあります。わたしは 経験から証しすることができますが、主の指示にしたがって祈ることは、わたし たち自身を神の中へと祈り込むことです。 いったん自分自身を神の中へと祈り込んだのであれば、わたしたちはもう神の中 にいるのですから、何をすべきでしょうか? わたしたちはひたすら、彼と彼ご 自身の豊富をわたしたちの中に単純に受け入れるだけです。堕落した人として、 わたしたちは全く神の外側におり、彼の豊富と何の関係もありませんでした。で すから、わたしたちは神の豊富を享受することができませんでした。わたしたち は自分自身を神の中へと祈り込む必要があります。それから、彼の中にある者と して、彼と彼の豊富を受け入れるのです。 (明日に続く) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・ルカの福音書(三)」(1987年版)メッセ ージ27から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。