罪の結果(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ10:28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して永遠に滅びるこ とはない。まただれもわたしの手から、彼らを奪い去りはしない。 ヨハネ5:14 この事の後、イエスは彼を宮の中で見つけて、彼に言われた、「見 よ、あなたは良くなった。もう罪を犯してはいけない。もっと悪いことがあなた に起こらないためである」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) 人が救われた後に、はからずも罪を犯してしまったなら、やはり滅びてしまうの でしょうか? それはありません! 主は次のように言われました、「わたしは 彼らに永遠の命を与える。彼らは決して永遠に滅びることはない。まただれもわ たしの手から、彼らを奪い去りはしない」(ヨハネ10:28)。言い換えると、人は救 われたなら永遠に救われるということです。「彼らは決して永遠に滅びることは ない」。これ以上に確かなことはありません! このようであるなら、救われた後に罪を犯しても別に構わないのでしょうか?  そうではありません! 救われた後に罪を犯すなら、二つの恐るべき結果がある のです。第一は、この世において苦痛を受けることです。ある罪を犯した後に、 もしあなたが罪を悔い改め、罪を告白するなら、神はあなたを赦し、血はあなた を清めるでしょうが、ある罪については、その結果を免れる方法はありません。 ダビデがウリヤの妻を奪ったことについて、エホバは彼の罪を取り除かれました が、剣はいつまでも彼の家を離れなかったのです(サムエル下12:9-13)。ああ、兄 弟姉妹よ、罪は毒蛇のようなものであり、楽しいおもちゃではありません。もし それにかまれたなら、あなたは必ず苦痛を受けます。 第二は、もしクリスチャンが罪を犯し、この時代においてそれを正しく対処しな ければ、来たるべき時代になった時にそれを対処しなければならなくなるでしょ う。主が再来される時、「それぞれに、行ないにしたがって報いられるからであ る」(マタイ16:27)とあります。パウロは言いました、「なぜなら、わたしたちは みな、キリストの裁きの座の前に現れなければならないからであり、それは善で あれ悪であれ、めいめいが実際に行なった事にしたがって、体を通してなされた 事柄に対して、報いを受けるためです」(2コリント5:10)。 (明日へ続く) ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ、永遠の命に関するあなたの約束は、わたしにこのような確信と平安 を与えてくださいます。そうであっても、わたしの行動と選択には結果が生じる ことを、わたしは知っています。わたしを命の道の中に保ってください。それは わたしが罪の否定的な結果を被ることがないためです。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第48巻「初信者を成就するメッセージ(二)」(1999年版) のメッセージ第21編から引用されています。いずれも日本福音書房から出版され ています。