キリストは聖なるもの、信実なものである(1) ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒13:34 また、神がイエスを死人の中から復活させ、もはや腐敗の中に戻る ことがないことについて、神はこのように言われました、『わたしは、ダビデの あの聖なるもの、信実なものを、あなたがたに与える』。(35節)このゆえに、神 はまた他の詩篇で言っておられます、『あなたは、あなたの聖なる者が朽ち果て るのを見ることを許されない』。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) すでに指摘しましたが、キリストの復活は彼の第二の誕生であり、彼を神の長子 として生み出しました。神はその民にキリストを与えると約束されました。そし てこの復活した方は、ダビデの聖なるもの、信実なものです。神にとって、復活 されたキリストは長子です。しかしわたしたちにとって、彼は救い主です。なお また、彼はその選びの民にとって、神から与えられた大いなる贈り物です。そし てこの贈り物は、「聖なるもの、信実なもの」と名づけられているのです。 「聖なるもの、信実なもの」と訳されたギリシャ語は、文字通りには、聖なるも の(ギリシャ語、ホシオス、複数形)、信実なもの、あるいは確かなものです。同 じ言葉(ホシオス)が、次の節では「聖なる者」に対して用いられていますが、そ れは単数です。この聖なる者は、キリスト、ダビデの子です。この方に、神のも ろもろのあわれみが集中し、伝達されます。ですから、ダビデの聖なるもの、信 実なものとは、復活されたキリストのことを言っています。 第13章33節と34節のパウロの思想は極めて深いです。第二の誕生である復活を通 して生まれた神の長子である復活のキリストは、聖なるもの、信実なものです。 34節の「信実な」という語は、信頼できることを意味します。復活のキリストは、 神がわたしたちに与えられる聖なる、また信頼できるものです。ここでパウロは、 復活のキリストがわたしたちに神の救いをもたらすわたしたちの救い主であるだ けでなく、また神の長子であるだけでもないことを示しています。この復活のキ リストはまた、神がわたしたちに与えられた贈り物としての聖なるもの、信実な ものです。 (月曜に続く) ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 父なる神よ、あなたはわたしに復活のキリストを与えてくださった時、最も偉大 な贈り物をわたしに与えてくださいました。今やわたしは彼の中で、復活の命を 毎日受けます。父よ、あなたの新鮮なあわれみと、キリストの中にあるすべての 驚くべき事柄を、わたしに享受させてください。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(三)」(1989年版)メッ セージ38から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。