命の創始者 ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― 使徒3:14 あなたがたは聖で義なる方を拒否して、人殺しの男を自分たちに与え るように求めたのです。(15節)あなたがたは命の創始者を殺しましたが、神は彼 を死人の中から復活させました。わたしたちは、そのことの証し人です。 ヨハネ11:25 イエスは彼女に言われた、「わたしは復活であり、命である……」。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― ここの「創始者」と訳されたギリシャ語は、アルケゴスであり、創始者、起源、 開始者(発起人)、主導者、キャプテンを意味します。それは、命の起源または 開始者としてのキリストを意味します。ですから、命の創始者であり、前の節の 人殺しと対照的です。ここでペテロは、いやす方は命の源、命の開始者であると 言っています。彼は、命における創始者、主導者です。使徒行伝第3章にあるの は、単なるいやしの問題ではありません。ここでわたしたちは、他の人たちへの 命の分与を見ます。これはキリストを増殖することです。そのような増殖のため に、わたしたちは命の創始者としての主、すなわち命の源としての主を必要とし ます。 わたしたちは、どこに命があるか、どこから命が来るかを見る必要があります。 15節の「創始者」という語は、命が聖なる方また義なる方であるこのいやす方か ら来ることを示します。このいやす方は、いやす力を持っているだけではありま せん。彼ご自身が命の源、起源です。なぜなら、彼は命の創始者、開始者である からです。わたしたちが命を持つ時、わたしたちはまたいやしを持ちます。人々 が病気になる理由は、彼らが命において弱いということです。医者たちは、わた したちが命において弱い時に病気になることを知っています。しかし、もしわた したちが命において強いなら、その命は死を飲み尽くします。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 主イエスよ、あなたがわたしの命の源になってくださらなければ、わたしは他の 人に命を分与する方法がありません。主よ、わたしをあなたの命の管としてくだ さい。他の人たちもあなたに向きを変え、あなたを命の創始者として知るように と、わたしは祈ります。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・使徒たちの行動(一)」(1988年版)のメッ セージ13から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。