あなたは命を持っているか? ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― ヨハネ11:25 イエスは彼女に言われた、「わたしは復活であり、命である。わ たしの中へと信じる者は、たとえ死んでも生きる。 1ヨハネ5:12 御子を持つ者は命を持っています。神の御子を持たない者は命を 持っていません。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― 神は創造された人をエデンの園に置かれました。人には二つの可能性がありまし た。一つは命を得ることであり、もう一つは死ぬことです。もし人が善悪を知る 知識の木の実を食べるなら、その結果は死です。もし人が命の木の実を食べるな ら、命を得ます。 神が創造された人ははなはだよかったのですが、決定を要する問題がまだありま した。それは命と死の問題です。人はそこで考え、活動することができました。 しかし、命はまだありませんでした。わたしたちは、人が生きていなかったとは 言いません。人は天然の命から言えば、生きていました。創世記第2章7節は、人 が生きた魂であると言っています。しかしながら、命の木が表している命に関し て言えば、人はまだ命を持っていませんでした。わたしたちが言っている命とは、 命の木によって表されるこの命のことです。創世記2章の時点で、人は生きてはい ましたが、命を持っていませんでした。人にはすばらしい思いがあり、すばらし い感覚がありました。しかし人は、命の木が表しているあの命をまだ持っていま せんでした。ですから、命は感覚よりもさらに深いものであり、思想よりもさら に深いものであることがわかります。 命は主ご自身です。命はキリスト以外の何ものでもありません。もしそれが単な る物であるなら、それは死んだものです。それは命ではありません。多くのクリ スチャンにとって、命は自分自身から生み出すことのできるものです。しかし、 主はわたしたちに、彼ご自身だけが命であると言われます。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 父なる神よ、あなたの御子にある命を、今日もわたしの前に置いてくださったこ とを感謝します。わたしが単にすばらしい思いやすばらしい感覚によって生きよ うとするのではなく、喜んで命を選ぶ心をわたしに与えてください。またわたし は、他の人たちが命を選ぶようにと祈ります。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウオッチマン・ニー全集第36巻「中心的なメッセージ」(1998年版)の「キリスト は道、真理、命である」メッセージ第2編から引用されています。いずれも日本 福音書房から出版されています。