キリストの中に十分に根ざす ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ2:7 すでにキリストの中に根ざしているのであって、建造されながら…。 エペソ3:17 また、キリストが信仰を通して、あなたがたの心の中に、ご自身の ホームを造ることができますように。 エペソ4:16 この方から、からだ全体は……からだを成長させ、愛の中でそれ自 身を建て上げるに至るのです。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― キリストの中に根ざすことは、命の成長のためです。この節(コロサイ2:7)の中 でパウロは信者たちを、土壌としてのキリストの中に根ざした植物と見ています。 しかしながら、多くのクリスチャンはキリストの中に十分に根ざしていません。 もしわたしたちがキリストの中に正しく根ざしたなら、教会の立場についてあま り語り合う必要はないでしょう。教会の立場は一です。しかし、この一の基礎は、 エペソ人への手紙第4章でパウロによって述べられたように、一つ霊、一つ主、一 つ神と父です。もしわたしたちがキリストの中に真に根ざしたなら、わたしたち の経験において、彼はわたしたちの一の基礎となられるでしょう。 キリストの中に根ざしているので、今やわたしたちは「キリストの中で建造され」 (コロサイ2:7)つつあります。建造されることは、からだを建て上げるためです。 わたしたちはすでに根ざしてはいますが、依然として建造される過程にあります。 これは個人的な問題であると同時に、団体的な問題でもあります。建物は単に一 つの項目から構成されているのではありません。共に組み合わされている多くの 項目から構成されています。わたしたちはキリストの中に根ざす必要があり、ま た教会の中で建造される必要もあります。 団体的に建造されるためには、コロサイ人たちはユダヤの慣例と異教の規定や哲 学を放棄しなければなりませんでした。そうでないと、彼らはキリストから移し 変えられ、何か他のものに根ざしてしまったことでしょう。それだけでなく、彼 らは教会生活からそらされてしまったことでしょう。いつであれわたしたちがあ る種の哲学、規定、慣例、実行をキリストの代わりに取り入れる時、教会生活は だめにされます。わたしたちは、これらの事柄に関して異なる意見を持っている 信者たちから分けられてしまいます。そのような事柄で占有されている人たちは、 ついには教会生活を顧みなくなります。 ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 父なる神よ、わたしがキリストの中にしっかりと根ざすようにしてください。キ リストの中にとどまることによって、わたしは命において成長し、教会の中で建 造されることを、感謝します。父よ、わたしをキリストからそらしたり、わたし を教会生活から引き離すあらゆるものを、わたしが喜んで捨てるようにしてくだ さい。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙(二)」(1980年版) メッセージ19から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されていま す。