暗やみの権威は邪悪な事柄以上のものを含んでいる ――――――――――――――聖書の節(回復訳)―――――――――――― コロサイ1:13 父はわたしたちを暗やみの権威から救い出して、彼の愛する御子 の王国に移してくださいました。 コロサイ2:20 あなたがた自身を規定に従わせるのですか? (23節)そのような ものは、ひとりよがりの礼拝と、謙そんと、体の苦行とによって、いかにも知恵 があるかのような好評を得ますが、肉の放縦を抑えるには何の価値もありません。 ―――――――――――――――務めの言葉――――――――――――――― (全2編のうちの第1編) 暗やみは死と関係があります。暗やみのある所には死もあります。この暗やみは 光と対立します。光は命と関係があります。サタン、暗やみ、死は、神、光、命 と対立します。ペテロの第一の手紙第2章9節によれば、わたしたちは暗やみから 驚くべき光の中へと召し出されました。暗やみは、死であるサタンです。しかし 光は、命である神ご自身です。 何年も前わたしは、暗やみの権威とは、とばく、盗み、淫行のような邪悪な事柄 だけを言っているものと思っていました。その後わたしは、ここの暗やみの権威 は、それよりはるかに多くのものを含んでいることを知りました。コロサイ人へ の手紙では、暗やみの権威とは邪悪な事柄ではなく、宗教的な慣行(2:16)、異邦 人の規定、グノーシス哲学を指しています。禁欲主義は、肉の放縦を制御するた めに肉体を虐待する実行です。この種の実行は、ヒンズー教、仏教、カトリック 教の中に見いだされます。禁欲主義は、肉の放縦に対して何の役にも立ちません。 宗教的慣行、禁欲主義、哲学は邪悪ではありません。ある規定は旧約の神の戒め に基づいてさえいます。例えば、食べることに関する規定などです。それにもか かわらずパウロが、御父はわたしたちを暗やみの権威から救い出したと言う時、 実は彼はこれらの慣行、規定、哲学、禁欲的実行の暗やみのことを言っているの です。こういうわけで、コロサイ人への手紙でパウロが使っている用語を理解す ることは、非常に重要なのです。 (明日へ続く) ――――――――――――――――祈り――――――――――――――――― 父なる神よ、わたしを暗やみの権威から救い出してくださったことを感謝します!  邪悪な事柄だけでなく、一見良いと思われるものでさえ、このやみの一部である ということを、わたしに示してください。わたしをこの暗やみから救い出して、 命と光の王国に移してください。アーメン。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 新約聖書の節は、回復訳新約聖書(1996年版)から引用されており、務めの言葉は、 ウイットネス・リー著「ライフスタディ・コロサイ人への手紙」(1980年版)メッ セージ4から引用されています。いずれも日本福音書房から出版されています。